プロフィール

sachaco

Author:sachaco
sachaco(本人)38歳
sachaoクン(旦那さん)38歳


2003年6月 結婚

2005年10月
子宮内膜症・子宮筋腫・子宮内膜ポリープのため、腹腔+子宮鏡手術を受ける。

2007年8月
重い腰をあげ、不妊治療を開始。

AIH8回
内膜ポリープ摘出のため、子宮内膜ソウハ
IVF-ET1回
凍結融解胚移植(ホルモン補充)1回
ICSI-ET1回
を経て、

2011年6月10日
待望の娘が誕生しました。

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ごめんなさい…お母さん  

AIHから、ちょうど1週間。

今日の神奈川は 寒い  (┬┬_┬┬)

予想最高気温が15度だとか……

先日、住んでいるE市では、今年初の30度越え + 光化学スモッグ注意報が出た
というのに

冬まで逆戻りですか…(TДT)

足にぐるぐる毛布を巻きつけ、パーカーのフードをかぶりながら
PCに向かっています。


寒暖の差が激しいので、体調管理には気をつけてくださいね。


23.gif


前回の記事で、友達に男の子が産まれたと書きました。
”安静にしていた方がいい”
と先生から言われていたそうで
産まれたと報告を受け、無事に産まれて良かったと安堵してました。

そして同日のもう1つの出来事。

あるアナウンサーが自ら命を絶ちました。
いつもテレビでは元気な姿を見ていたので
なんで?どうして?
との思い。
これには驚きました。

帰宅したsachaoクンに話したところ
がっちりマンデーに出てる人?あの人?
ラジオで聞いていたものの、誰なのかピンときてなかったみたいで
ブログを見せたら、もの凄く驚いていました。


”命の誕生” と ”魂の旅立ち” があった日でした謝罪~!


実はsachacoも、自ら命を絶とうと思った事が10代の頃にありました。
本当に辛くて辛くて
この世からいなくなったらどんなに楽か…………
と。

なんで私なんか産んだの?
とsacha母に暴言を吐いた事もありました。


落ちるところまで落ち、なんとか這い上がりましたが

”あの時あんな事言って、自分が母親だったら絶対辛い”

と、1人泣いた事があります。


それは……
ポリープ切除前、4回目AIHが×だった時。

なかなか気持ちが上に向かず、うじうじしていた時に(暴言吐いた事を思い出して)

『妊娠検査薬で陽性を見た時は、sachaoクンと泣いて喜ぶだろうな。
生まれてきてくれた時は、パパとママ・周りのみんなに幸せを運んでくれてありがとう
生まれてきてくれてどうもありがとう って思うだろうな。
自分がそう思うんだからきっとsacha母も、sachacoが産まれた時は泣いて喜んでくれたんだろうな
あの時あんな事言って、自分が母親だったら絶対に辛い』

と思ったのです。

暴言を吐いた自分を恥じ、そして1人大泣きしました。




後日… (うじうじ虫続行中)

手術を受ける事、自分では実家に話すつもりはなかったのですが
sachaoクンが ”話した方がいいよ” と言っていたので、電話を入れました。

もしもし
この一声で涙腺が切れ、声を出す前に大泣き。
(ワタクシ、良く泣きます)

……… あっ お母さん  ★◎※×………


ポリープを採る事を話し、思った事を素直に伝えました。

若い頃、なんで私なんか産んだの?って言った事あったじゃん。
そんな事あったっけ?(← 忘れた振りをしているだけ)
今こうして、子供が欲しくて治療をしてるじゃん。
治療をしてもなかなか結果が出ない、なんで?って思う。
ずっと欲しいと思ってきたから、もし妊娠検査薬で反応が出たら、泣いてsachaoクンと喜ぶと思う。
生まれてきてくれたら、みんなに幸せを運んでくれてありがとう
生まれてきてくれてどうもありがとうって思う。
自分がそう思うんだから、きっとお母さんもsachacoが産まれた時は泣いて喜んでくれたんじゃないのかな。
そう思ったら、お母さんに悪い事言ったと思って。
ゴメンね。

あの頃は反抗期だったから……
みんなそういう事を言うの。
お母さんもsachacoが産まれた時は本当に嬉しかったよ。
お母さんだってsachacoに謝らなければいけないよ。
そういう体に産んでしまった事 悪いな~って思ってる。

お母さん悪い事なんてないよ。
結婚前、内診がイヤだって婦人科に行った事なかったじゃん。
それがいけなかったんだよ。
自分が悪いの。

(結婚前に婦人科に行っていれば、内膜症ももっと早く分かって対処法も違っていたハズ  
内膜症が分かった頃、母は専門書を買い、内膜症とはどんな病気なのか…勉強をしていたみたいです。 
実家に帰った時、本立てに専門書があるのを見て、その事を知りました)

じゃぁ お互い様だね。お互い様!
元気だして!

と、つとめて明るく電話の向こうで笑っていました。


実家にいた頃は良く
sachacoも親になれば分かる事
と言われていました。
その時は フンε=(。・`ω´・。)ムカッ  聞く耳持たず…でいたけれど
親になりたい絵文字名を入力してくださいと切望している今
なんとなくだけど、sacha母に言われていた事が分かるような気がします。



sacha母は、治療を始めた(検査を始めた)頃は、治療の事を話しても
えっ?汗と一歩引いた感じ。
お母さんだって自然にできたんだから、sachacoも自然にできる。
と難色を示していて、話すのも今後一切止めようかと思っていました。
しかし
sachaoクンと治療を始めるって決めた事だから…
と言うと
sachaoクンと決めた事だったらお母さんは何も言わないよ。
2人で決めたなら頑張りなさい。

(sachaoクンのうしろをついていきなさい…というような古風な考えをもっています)


それからはたまに治療の話をし
もうイヤだ~ダメだぁ~と嘆いても
sachacoは小さい頃から何でも頑張ってやってきた。
その事はお母さんがイチバン知っている。
もうちょっと頑張ってみて。sachacoなら頑張れる!

と応援部隊に回ってくれています。

ありがたいことです。



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